イノベーション

今後の老化研究の在り方について

2020.03.23

はじめに

本作業部会は、ライフサイエンス分野全体を俯瞰し、文部科学省として取り組むべき新たな課題を抽出し、ライフサイエンス分野の研究開発の推進方策を検討することを目的として、調査検討を進めてきた。
今般、文部科学省として取り組むべき新たな課題の抽出を行うため、ライフサイエンス委員会及び本作業部会の委員に対して、今後、新たに取り組むべき課題についての意見を求めたところ、健康寿命の延伸や加齢関連疾患等の予防.遅延.克服を目的とした、老化の基礎メカニズムの解明や、それに基づく老化の制御に関する研究に着手すべきであるとの意見が最も多くの委員からあげられた。 老化研究は非常に広範な研究分野を対象としていることから、作業部会における審議に先立ち、事務局において有識者へのヒアリング等を行い、近年の老化研究の著しい発展、我が国や欧米の老化研究への取組、老化研究の今後の方向性等について調査を行い、報告をまとめた(参考資料)。

本作業部会においては、事務局からの報告に基づき審議を行い、その結果を踏まえ、来年度から5年間程度を目途とした老化研究の在り方について、以下の通りとりまとめた。 なお、本報告においては老化を「加齢による肉体的.精神的機能低下」と定義する。

  1. 調査検討の背景
    社会的背景 世界的に高齢化が進む中、より健康で長生きできる社会の実現は、国際社会における重要課題のひとつである。さらに、世界で最も急速に高齢化が進むことが予測されている我が国においては、世界に先駆けて超高齢社会対策に取り組む必要がある。
    また、社会保障費は、高齢化により今後も急激な増加が見込まれている。特に、医療.介護分野の社会保障費は、平成 24年度(2012年度)から平成37年度(2025年度)にかけて、GDPの伸び率 1.27倍に対して、医療費1.54倍、介護費2.34倍とGDPの伸び率を大きく上回って増加していくと見込まれており、医療.介護の費用を減らす取組が必要とされている。(参考資料-P2下段)
    介護費については、老化の遅延による要介護者の減少とそれに伴う寿命の延びを仮定した場合、高齢者人口の増加により要支援.要介護者が増え、介護費増加につながると考えられるが、その増加分よりも介護予防による費用削減効果が上回り、年平均で社会全体の介護費を約1.7兆円削減できることが試算されている。
    医療費についても、要介護者は非認定者よりも医療費が高額で、かつ要介護認定区分が重度な者ほど医療費が高額となることが知られており、介護予防により、介護費のみならず医療費も削減できることが期待される。(参考資料-P3上段) このように仮定に基づく推計ではあるが、介護予防により、医療.介護の費用の削減が期待されている。
    現状では、我が国においては、健康寿命(日常生活に制限のない期間)は延びているものの、平均寿命と健康寿命との差は平成 25年(2013年)のデータで男性 9.02年、女性 12.4 年とかなり大きく、介護予防に向けた高齢者の健康維持.疾病予防等の実現、特に要介護状 態になる前に事前介入する技術の開発が期待されている。 健康寿命を延ばし、平均寿命と健康寿命の差を縮めることは、個人の生活の質の低下を防ぐ観点からも重要であるのみならず、社会保障費削減等の社会的負担を軽減する観点からも重要である。

  2. 老化遅延による健康寿命延伸に向けた試み
    最近の老化研究の著しい発展により、線虫、マウス等のモデル動物における遺伝子変異や食事制限等による寿命の延伸が報告されており、ヒトの老化を遅延し、健康寿命を延伸することが現実に可能な段階に来ている(図 1)。モデル動物(線虫、マウス)での老化制御の研究成果として、.健康寿命、最長寿命ともに延伸する .健康寿命の延伸幅(A)は、最長寿命の延伸幅(B)より有意に大きい等が報告されている。(参考資料-P4上下段~P5上段、P12下段) 図1)モデル動物の研究成果をヒトへ適用することが可能となった場合の老化遅延による健康寿命延伸のイメージ このようなモデル動物の研究成果をヒトへ適用することが可能となれば、老化の遅延による健康寿命の延伸.要介護期間の減少につながり、ひいては、「要介護」を避け、肉体的にも、精神的にも健康な老後を実現することにつながると期待される。
  3. 老化研究の現状(1)近年の老化研究の著しい発展 長寿遺伝子の発見
    近年の研究により、老化研究は、記述的な色彩の強い学問体系から、分子生物学.分子遺伝学的アプローチを基盤とし、進化的に保存されている制御メカニズムを明らかにすることを目的とした学問体系に発展を遂げてきた。1980年代末からは、酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウス.ラットにおける単一遺伝子の変異による寿命の延伸が報告されており、この発見を契機として、 . 成長ホルモン/インスリン/IGF-I(Insulin-like Growth Factor-I)シグナル伝達系 . mTORシグナル伝達系.サーチュインファミリー等が、老化.寿命制御に重要な役割を果たす制御因子.シグナル伝達系として特定されてきた。

横断研究戦略作業部会報告書「今後の老化研究の在り方について」 平成28年8月

科学技術.学術審議会  研究計画.評価分科会  ライフサイエンス委員会

横断研究戦略作業部会  科学技術 学術審議会  研究計画 評価分科会ライフサイエンス委員会

基礎横断研究戦略作業部会委員名簿

岩本愛吉、小幡裕一、倉田のり 、小安重 夫 、菅野純夫、高井義美、高木利久、 月田早智子、豊島陽子、西田栄介(敬称略、50音順)

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 科学技術顧問 国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソースセンター

長国立研究開発法人農業 食品産業技術総合研究機構理事 国立研究開発法人理化学研究所理事 東京大学大学院新領域創生科学研究科教授  神戸大学大学院医学系研究科特命教授 東京大学大学院理学系研究科教授 大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科教授 東京大学大学院総合文化研究科教授 京都大学大学院生命科学研究科教授

平成28年4月1日現在